連絡先
●メディア工房内 大西
 TEL 0867-71-0152
 mail onishi@nikakudo.co.jp
●新見御殿町センター(月曜日〜土曜日)
 TEL.FAX 0867-72-6660
● 新見市観光協会
 TEL.FAX 0867-88-8154

新見藩の歴史
 このまちは江戸時代元禄10年(1697年)に初代新見藩主関長治侯によってつくられたまちです。新見藩は1万8千石です。元禄時代はすでにお城は造れない時代でしたので、御殿(官邸)を建て、そこで政務を執られました。このことによりこの地区を新見御殿町と言っています。
 関家と森家の本国は美濃です。両家は濃い姻戚関係にあり、共に織田信長に仕えておりました。天正10年、本能寺で織田信長に最後まで従って戦死した森蘭丸、坊丸、力丸の一番末の弟が千丸で、千丸だけが幼くて美濃に残っておりました。その後、千丸(森忠政)は関ヶ原の戦いで功を認められ、徳川幕府から津山藩18万6千石を賜りました。この森忠政侯が津山藩森家の藩祖です。その時、関家も津山へ移りました。津山藩森家の2代目のお殿様は関家の長男(長継)で、長継侯の子、長治侯は逆に関長政侯の養子となり、作州津山藩の中に1万8千石の領地をもらって大名となりました。森家5代目衆利侯が急死し、跡継ぎが無かったのでお家は断絶。森家は分かれて播州三日月城と播州赤穂城へ移らなければならなくなり、それに伴って関家も津山から新開地の新見へ移封されることになりました。元禄10年のことです。こうして新見藩が誕生したのです。
 その後、新見藩関家は明治まで9代続き、現在第13代末裔の関勝氏は埼玉県におられます。

太池邸
 近代新見地域の商業の中心地として栄えた中町界隈にあって、その中核的な商家の一つ。明治末期の建物で新見初の百貨店として呉服をはじめ色々な商品を扱っていました。現在は新見市が借り受け、交流拠点施設として利用させています。
 
御殿町センター
 「御殿町づくり」事業のシンボル施設として旧元福酒造跡地に平成6年に建てられた。外観は商家の蔵をイメージし、館内には旧新見藩主関家にまつわる資料を展示してあり、研修室なども兼ね備えている。